Crazy a go go! [CASE:A] (1)
Crazy a go go! [CASE:A](前編)

 ガターンと大きな音がして、自分の背後にあるキッチンの扉が開いたのは、クラウドが毎朝の日課で、じゃがいもの皮をむいている時だった。
 肩越しに扉の方を見ると、人影が見えた。

「聞いてくれ、クラウド!」

 興奮気味に飛び込んできたのは、この屋敷で執事をしているザックスだった。
 きっちりと黒いスーツを纏い、肩までかかる漆黒の髪は一つに束ねられている。一見、落ち着いた雰囲気がないわけではないが、大きな音を立てて扉を開けたりするなど、普段は落ち着きとは縁がない。
 ただし、屋敷の主で、伯爵の地位にあるセフィロスの前で仕事をこなす場合には、まるで別人のように切れ者のような立ち振る舞いを見せる。
 クラウドはそういう場面には数えるほどしか遭遇したことはないが、セフィロスが絶大な信頼を置いていることから考えて、本当の切れ者だと思っている。
 普段は人一倍元気で明るいため、その切れ者の部分が見えてないのだろう。初対面の人でも警戒心を持たせない接し方に誰もがその奥の本当の素顔を見ることができていない。
 包丁とじゃがいもを流し台において、クラウドはザックスの傍へと近づいた。

「ザックスさん、いったい、朝からどうしたんです?」
「惚れた!」
「…誰にです?」

 ザックスは少し黙ると、がっくりと肩を落として、首を横に振った。そして、大きなため息をつく。

「…知らない…」
「通りすがりの人なんですか?」
「昨日のパーティーで話をしただけ」
「名前は?」
「聞けなかったんだよ…」

 はぁ~と長い息を吐き出して、ザックスは近くにあった椅子に背もたれを前に抱えるようにして、腰を下ろした。

「手がかり、少ないですねぇ」
「だろ? 昨日のパーティーに来てた人をしらみつぶしにあたるなんてことできないし」
「セフィロス様はご存知ないんですか?」

 とんでもない、と顔の前で大きく手を振ってから、ザックスはあたりをキョロキョロ見渡した。
 言えると思うか、と息を潜めて尋ねてくる。

「探して下さるんじゃないですか?」
「多分ね」
「言えない理由でも?」
「ぜーったい、笑われるし、一生言われる気がする…」
「笑われるのと、その人に会うのとどちらを取るかは決まっておられるのでしょう? それにセフィロス様はそこまで意地悪ではないかと」
「俺の気持ちとしては決まってるんだけどな…」

 ザックスは深いため息をついてから、床を見つめた。
 クラウドとしてはかける言葉も見つからず、じゃがいもの皮を剥こうと包丁を握り直した。

「あー、うじうじするのは性に合わない」

 ガタンと椅子を鳴らしてザックスが立ち上がった時だった。
 来客を告げる鐘が鳴り響く。

「…おかしいな。こんな時間に約束なんてしてない」

 ザックスは椅子を倒す勢いで駆け出し、キッチンを出て行った。その後を追うように、クラウドも玄関へと向かう。

「セフィロス!」

 玄関にたどり着いたところで、女性の声が響いた。
 玄関にはクラウドと同年代ぐらいの女性が一人立っていた。
 頭のてっぺんには赤いリボン。全体的に巻き髪になっていて、ふわふわとした印象だ。クラウドは前髪が誰かに似ている、と思った。
 おはよう、と微笑む笑顔にほだされそうになったが、慌てて、ザックスに声をかけた。
 しかし、ザックスからの返答はない。急に現れた女性を見つめたまま、放心している。

「あ、あの…」

 クラウドが代わりに声をかけると、女性はクラウドの手を取って、にこりと微笑んだ。

「可愛いメイドさん、よろしくね」
「え?」
「ここにね、可愛い人がいる、って聞いてたの。黒いワンピースもレースのエプロンもお似合いね」
「あ、ありがとう…ございます…」

 いきなりの展開にクラウドはついて行けず、戸惑い気味に返答するしかできなかった。
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