Crazy a go go! [CASE:C] (2)
Crazy a go go! [CASE:C]

「どうした! クラウド! 何か悲しいことでもあったのか!」

 振り返った私に大きな歩みで近寄ってくると、その人は私の肩を掴んできた。

「旦那様にいじめられたのか? そうなのか?」
「ち、違います、誤解です、ザックスさん!」

 私は机の上を指差した。
 そこには山になったたまねぎのスライスがあって、独特の香りを漂わせている。

「ああ、なるほどね。そういうことか。旦那様にいじめられることは、まあ、ないか」

 ザックスさんはにやにやと意味ありげに笑みを浮かべて、私を見てきたので、視線をそらした。
 ザックスさんはセフィロス様の執事で、セフィロス様の世話を一手に引き受けている。世話というよりは、お仕事の助手といった感じ。セフィロス様がおでかけの際には必ずお供なさいますし、セフィロス様の代わりに雑用なんかもなさっている。セフィロス様に信頼されていて、セフィロス様を叱ることのできる唯一の人でもある。

「セフィロス様には確かに意地悪されたことも、いじめられたこともないですわ。ただ、それは……」
「クラウド?」

 ザックスさんに背中を向けて、私は包丁を洗い始めた。ざばざばとわざとらしく大きな音で洗う。今、自分の中に湧き上がっている不安を洗い流したかったのかもしれない。

「クラウド、何か気になることでも……?」
「いいえ。何もありません」
「じゃあ、どうして言葉を濁す?」

 セフィロス様に負けず劣らず、人の気持ちの奥深くを読んでしまえるザックスさんは私のことを心配してくれているのだろう、と思うのだけれど、そのやさしさに甘えているわけにはいかない。

「いい表現が見つからなかっただけです。私がいじめられていないのは、きっと、私に興味がないからですわ」

 声が震えないように、ゆっくりと吐き出した。



  ◇午前8時◇

 セフィロス様を起こしに行く時間。
 私が行く場合とザックスさんが行く場合とまちまち。
 セフィロス様は寝起きが悪いので、大概、二人がかりで起こすことになる。
 今日は、私の方が遅かったらしく、セフィロス様の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。

「いい加減、起きてくださいよ!」
「んー……、俺が早く起きたら、何かいいことでもあるのか?」

 セフィロス様は上掛にくるまって、起きあがることを拒否しているようだった。

「私にとっては、とってもいいことがあります! こんなことに時間を取られなくて済みます」
「じゃあ、ザックスが起こしに来なければいいだろう?」
「クラウドが起こしに来たら、余計に起きないでしょうが! 全く、世のお嬢様方を虜にしている伯爵とは思えませんね! 一度、この姿をお嬢様方に見せて差し上げたいぐらいです!」
「……あー、どうぞー。別に俺は困らない」
「あー、もう、何か腹立つんですけど!」

 ザックスさんはイライラした様子で言葉を吐き捨てているけど、別に本気で怒っているわけではない。毎日のことだから、お互い慣れっこなのだと思う。
 私はそんな言い合いを聞きながら、セフィロス様のお召し物を準備する。カッターシャツ、ズボン、ジャケットを色味を考えながら、順番に並べる。

「…精神衛生上良くないんだろ? だから、俺を起こしに来なければいいのに」
「出来ることならそうしたいんですけどね! 起こさないといつまでも寝ていらして困るから、起こしに来ているんです! こんな子供みたいな姿を見たら、旦那様をお慕いしている方々は幻滅して、離れてしまいますよ!」
「構わない。クラウドがいるなら」
「え?」

 思わず振り返ってセフィロス様を見る。セフィロス様は私をじっと見ていて、視線をそらすタイミングを逃してしまった。
 私がいればいいなんて、そんなこと言われるとは思ってもいなかった。冗談だったら、早く撤回して欲しい。

「旦那様、いくらクラウドでも、そんなグダグダした姿見てると、そのうち嫌になりますって」
「それは困るな」

 セフィロス様はゆっくり身体を起こすと、長い銀髪をかきあげてから、私に向かって、おはよう、と笑みを浮かべた。
 胸が鷲づかみにされたように痛い。髪をかきあげる仕草は前々から好きでいたのだけれど、その後に笑顔つきで挨拶なんかされたら、平常心でいられなくなる。
 それに、『それは困る』っていうのは、私が嫌になったら困るってことなのだとしたら、セフィロス様にとって私の存在は影響があるっていうことになる。
 私は、少しの期待を持ってもいいということ?
BACK