Crazy a go go! [CASE:A] (30)
Crazy a go go! [CASE:A](後編)

 クラウドは必死に頭を振った。頭の中に鮮やかに記憶が再生されているのを消したかったからだ。

「クラウド、クラウド。大丈夫だ、一人になどしない。疲れてるのだろう、寝た方がいいぞ。眠るまで傍にいてやろう」
「い、いえ! まだ、眠いわけではないのです。一人になりたくないだけなのです。一人では思い出してしまうんです!」
「思い出す?」
「セフィロス様と離れていたあの時のことを…!」
「…クラウド、それはあの二年のことか?」

 クラウドは自分が思わず口走ってしまったことにひどく後悔を覚えて、セフィロスから離れて俯いた。

「お前は何もしていなかったと…、何もなかったと…!」
「そ、そうです、何もなかったのは事実です」
「何もなかったのだろう? それなのに思い出したくないとは…」
「…セフィロス様のことばかり考えていた、あの日々を思い出したくはないのです…」

 俯いたままのクラウドの頭をセフィロスが軽く撫でる。

「クラウド、まだ、眠くないんだろ?」
「あ、はい…」
「そうか。では、一緒に散歩でもするか? 夜の散歩もたまにはいいぞ。気分転換になる」

 クラウドが顔を上げると、セフィロスは優しく微笑んでくれた。
 この笑顔を見られる場所にいつもいたい。

「ご…、ご一緒しても?」
「もちろん。では、行くとしよう」

 セフィロスに手を掴まれて、クラウドは引っ張って行かれた。
 外は静まり返っていて、空気が張りつめていた。息を吸うと、胸の中がきん、と冷えて、綺麗に洗われたような気分になる。
 セフィロスが歩く速度はいつもより遅い。後ろを歩く自分に合わせてくれているのだと気付いたクラウドは速足でセフィロスの隣に並んだ。

「…たまには夜に歩いてみるのもいいものだろう?」

 クラウドは小さく頷いてから、掴まれていた手を解いて、セフィロスの腕に自分の腕を絡めた。

「…小さいころは夜が来るのが待ち遠しかったのです…」
「クラウド?」
「…明るいうちは見つからないように息を潜めて、隠れていなければならなかったので…」
「…もしかして、生まれた時からその力を?」
「物心ついた時にはあったようです。この力のせいで両親とも離れることになり、あの教会でお世話になっていたのです…」

 セフィロスが急に歩みを止めたので、クラウドはセフィロスの顔を見上げた。街灯が遠くにあるせいで、セフィロスの表情は伺えない。

「…言いたくないことだろう?」
「いえ、いいのです。昔のことですから。今となっては、この力に感謝しなくちゃいけないな、とも思えるようになったんです」
「感謝?」
「この力がなければ、あの教会でお世話になることはなかったわけです。教会でお世話になっていたからこそ、セフィロス様にお会いすることが出来たのですから」

 クラウドは往来の真ん中であったにもかかわらず、セフィロスに抱きついた。

「クラウド?」
「こうやって触れることもかなわぬままだったのでしょうね…」
「今では考えられないし、もう、考えたくもないな…」

 セフィロスに体を離されたクラウドが茫然としていると、セフィロスは腕を掴んで、いきなり歩き始めた。

「セフィロス様!」
「帰る」
「あ、あの、帰るって、散歩に出てきたばかりじゃないですか!」
「外にいて、お前がどこかに行ってしまっては困る」

 セフィロスはそう言い放つと、どんどんと歩みを進める。

「セフィロス様!」

 クラウドが呼びかけても、歩みは遅くなるどころか、だんだん加速していく。必死についていこうとするが、足がもつれて、上手く進めなかった。

「ま、待って下さい。私はもうどこにも行きません!」
「そうだとしても!」

 普段では出さないような荒げたセフィロスの声に、クラウドは肩を揺らした。
 街灯の真下で立ち止まり、振り返ったセフィロスの表情にクラウドは声を失った。指先が震え出し、その震えを止めたくて、セフィロスの腕をしっかりと掴んだ。

「なあ、クラウド。俺は不安でしょうがない。あの時のことがまた起こりえるのじゃないかと。そうなった時に、俺はまたこの手から……」
「セフィロス様! もう、済んだのです、何もかも! ですから、もう、あのことは忘れて下さいませ!」

 唇を噛み締めたままのセフィロスにクラウドは必死に訴えた。
 もう、あれはなかったことにしましょう、と。
 夜の闇がじわじわと深くなっていく間、セフィロスは口を開かなかった。クラウドもただ、セフィロスの顔を見上げて、言葉を待つしかできなかった。
 クラウド、とセフィロスの口から小さい声が漏れたのは、もう、このまま口をきいてもらえないんだろう、とクラウドが諦めかけた時だった。

「セフィロス様…?」
「…ならば、今までのことがなかったとして、だ。今、この場で俺とクラウドが出会ったとしようじゃないか。俺はきっとクラウドに声をかけていただろうし、間違いなく手を尽くして屋敷に連れてこようとするだろう。クラウドはその時どうする?」
「…わかりきったことをお聞きになるんですね?」

 セフィロスは小さく首を横に振った。銀髪がなびき、浴びていた街灯の光を闇にばら撒く。

「残念ながら、俺は人の心の中を読めるほど、出来た人間じゃないからな」
「何をおっしゃってるんです? セフィロス様は私には大変出来た方です。そんな方が好きだと言ってくださるんです。ついていかないわけがないでしょう? 私はまたセフィロス様を選びます」

 クラウドはセフィロスの腕を掴んでいた指先に力を込めた。

「セフィロス様。私はセフィロス様の傍にいたいんです。もう二度と、離れたくはないんです。何が起きてもお傍にいます」
「…では、今、この場で過去のことは全て捨てて、一からまた始めよう。今、この瞬間がスタートだ」
「わかりました、セフィロス様」

 セフィロスの表情がようやく和らいだのを見て、クラウドは安心した。それと同時に、こんな表情を二度とさせてはいけない、と心の中で強く誓った。

「あの、セフィロス様…」
「何だ?」
「好きです」

 セフィロスが目を見開いてから、大きく息をつく。

「…そういうのは俺から言うべきセリフだと思うが?」
「じゃあ、言ってくださいませ」
「…言わない…」
「あー、ずるいです!」
「いいから、もう、帰るぞ。体が冷えて、風邪をひいてしまうぞ」
「逃げましたね!」
「逃げてない。人聞きの悪い奴だな」

 セフィロスはバツが悪いのか、さっさと歩きだしてしまった。その後ろを速足で追いかけながら、クラウドは言葉をぶつける。

「もう! おっしゃってくれるまでしつこく聞きますよ!」
「クラウド、お前、何だか、前にもまして、気が強くなったんじゃないか?」
「そうかも知れません。セフィロス様の傍にいるにはこれぐらい強気でなければ! それに覚えておいてくださいませ」
「何を?」
「もし、セフィロス様と離れるようなことになっても、きっとセフィロス様の元に帰ってきますから! 絶対に!」

 クラウドは小走りでセフィロスの前に出ると、勢いよく振り返って、腰に手を当てた。

「覚えておいてくださいよ、絶対ですからね!」

 セフィロスが歩みを止めて、じっとしているのが気になって、クラウドはセフィロスの傍まで近寄った。

「セフィロス様?」

 腕を掴まれたかと思うと、めいっぱい抱きしめられて、身動きが取れなくなる。

「…ありがとう…、クラウド…」
「い、嫌です……。お礼だなんて……」
「俺もクラウドの元に戻る…。いや、もう離れることは考えない。これから先は離れないのだから」

 セフィロスの背中に腕を回して、ぎゅっとクラウドは引っ付いた。セフィロスの傍にいられる幸せを噛みしめながら。
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