父の日
父の日

 そんな俺の気分など知らないといった感じでカインは本を読みふけっている。
 しょうがないか、と肩を落としたところで、家の電話が鳴った。
 携帯ではなく、家に置いてある電話で、年に数回しか鳴らない。

「…はい…。あ、ザックスか…」

 ザックスは携帯も持ってるし、俺の携帯番号も知っているはずなのに、あえて家の電話なのはどういうことだろうか。

「…何? 父の日? ああ、そうらしいな…。ん? お父さんに礼を? いいと思うぞ」

 では、お言葉に甘えて、とザックスは言うと、続いて、「いつもありがとうございます、お父さん!」と声高らかに言い放った。
 これは明らかに俺に向かっての言葉だろう。
 誰がお父さんだというのだ。年もほとんど変わらない俺を捕まえて。

「…お前のお父さんになった覚えはないんだが?」

 受話器の向こうでザックスは、お父さんのように慕ってるということだよ、と言い訳してくる。

「それはありがたいことだが、お前みたいな子供を持った覚えはないんでな、面倒見切れないぞ」

 えー、殺生なぁ…、とわざとらしく泣きついてくるのも、まあ、ザックスらしい。
 俺を慕ってるというのも嘘ではないのはわかっているし、こちらが折れてやろうか。

「…まあ、今回は許してやろう。で、それだけのためにわざわざ電話してきたのか?」

 そうだよ、大事なことだから、電話だよ、電話!と力説されたので、ほぉ、とだけ返したら、感動が薄い、と今度は説教垂れてくる。
 昼間だというのに、酔っ払ってるようだ。

「わかった、わかった。言いたいことは今度会社で聞いてやるから、今日のところは電話切るぞ、いいな」

 ふぇーい、と間の抜けた返事を返してきて、電話は一方的に切られた。
 一体、何だったんだろうか。
 単にお礼を述べたかったということなのだろうか。
 受話器を置き、はぁーと大きく息を吐きだしたところで。

「スキありー!」

 カインの声がした、と思った次の瞬間。
 腰に衝撃が走った。

「…っ!」

 とっさに振り返って目にしたものは、カインが空中から綺麗に床に着地するところだった。

「完璧!」
「……何が…?」
「腰砕き券、ご使用ありがとうございました!」

 衝撃を受けた腰に手を当てて、少し頭の中を整理する。
 全てに思い至った俺は、卑怯だぞ、カイン、とにじり寄ってみた。

「…え? だって、お父さんと正面から勝負したら勝てるわけないじゃないか!」

 カインはゆっくり後ずさりしていたが、急にきびすを返して、走り出した。リビングの大きな窓から庭へと飛び降りて、全速力で走っている。
 俺はわざとゆっくり走って、追いかけ続けた。本気で追いかけたら、すぐに追いついてしまうし、それではカインもつまらないだろう。
 しばらく庭を追いかけっこしているうちに、カインは疲れてきたのか、速度が遅くなってきた。ふらつく足取りになって、今にも止まってしまいそうなところで、後ろから抱え上げた。

「うわぁー! 下ろせよ-!」

 喚くカインを無視して、肩に担ぎ上げてやる。そのまま庭をうろうろしていると、肩の上でジタバタしていたカインが大人しくなった。

「どうした?」
「お父さんっていつもこんな高いところから見下ろしてるの?」
「見下ろしてるという感覚はないんだが」

 この背の高さになって久しいし、もうこれが当たり前で、あえて高い、と感じるようなこともない。
 確かにカインからしてみれば、この高さに目線が来ることはそうそうないだろう。だから、余計に高く感じるのかもしれない。
 俺は肩に担いでいたカインを抱え直すと、肩車してやった。

「ちょ…、お父さん、高いよ!」
「どんな気分だ?」
「…怖いけど、気持ちいいかな。あ、あの木に近づいてみて」

 カインは腕を伸ばして、庭の端の方にある木を指し示した。
 言われた通りに木に近づいてやる。

「届きそうなんだけど…、うーん…」

 俺の肩の上でカインはめいっぱい伸びをしているらしい。落ちないようにと俺が足を掴んでいるので、腕しか伸ばせないのだろう。
 この木は確か実をつける木だった。どうやら、カインは実を取りたいらしい。
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