ONLY YOU(3)
ONLY YOU

『社長と言えば決まってるだろう!』

 俺の中で社長と言えば、あいつしかいないけど、この相手が言ってる社長が俺の考える社長と同じとは限らない。いちいち全部聞きだしたとして、結局全然違う社長だったら、俺の苦労は水の泡になってしまうし、そもそも、配達中で、この電話も早く切りたいところなのだ。

「…神羅の社長?」
『そうだ! その社長だ!』

 ためしに聞いてみたら、当たりだった。そうか、奴に会いたいのか。

「…それだったら、セフィロスの傍にいなかった?」
『セフィロスは一人ぼんやり立ってたぞ』

 ということは、社長はすでにその場から立ち去っていたのか。セフィロスを放っておいたことは後で責めるとしよう。

「で、社長に会いたい理由は?」
『理由?』
「社長に会いたいんだから、会いたい理由があるんだろう?」
『…そ、それは…、お前に言う必要はない!』
「理由なしに社長を呼び出せないだろう? まあ、それでもいいよ。俺は社長呼び出せないから、話は終了。忙しいから、さようなら」
『ま、待て! セフィロスがどうなってもいいのか?』
「あんたたちにセフィロスがどうこうできるとは思ってない。できるものならどうぞ」

 俺はそのまま電話を切ってやった。
 セフィロスは二日もすれば元通りになるだろうし、そうなったら、自力で勝手に帰ってくるだろう。
 俺がわざわざ動く必要のない話だ。
 社長に会いたいなら、神羅ビルに行けば済むような簡単な話なんだ。しかも、社内にいるようであれば、事前のアポなしでも会ってくれるという話だ。それを知らないのか、あえて、俺に用があるのか。
 ともかく、今ここで俺が考えてわかる話でもない。
 バイクのエンジンをかけた途端、また、電話が鳴った。発信元はさっきと同じ番号だった。

「で?」
『…君の手で社長を連れ出してきてもらいたいのだ』
「だから、そこまでする理由がないと困る。社長はキレ者だからさ、簡単な理由じゃ連れ出せない」
『…プリン談義がしたいということでどうだろう?』

 社長のことよくわかってるな。それなのに、どうして直接神羅ビルに行かないんだろう。直接神羅ビルに行くことを憚られる人間なのだろうか。

「…わかった。社長を連れ出してどこに連れて行けばいいんだ? 俺は忙しいから夕方以降しか無理だぞ」
『…では、19時だったらどうだ? 19時に神羅ビルのはす向かいにあるカフェに連れてきてもらいたい』
「いいだろう。連れて行った後はどうすればいいんだ?」
『またその時間に連絡する』
「あ、おい…、ちょっと…っ!」

 俺の呼びかけもむなしく、電話は切れてしまっていた。
 セフィロス、ちゃんと返してくれるかどうか確認し損ねたな。俺から電話かけるのはおかしな話だし。そう言えば、犯人、発信番号通知してるな。足がつくこととか考えてなかったのか。行き当たりばったり、なのかもしれないな。
 まあいい。俺が別に犯人の心配をしてやる必要もないだろう。
 とりあえず、社長にだけ連絡いれてから、配達続けよう。
 俺は自分の携帯電話を開いて、社長直通の電話番号を押した。



 なるべく急いで配達を全て終わらせ、俺は神羅ビルの社長室へと急いだ。誘拐犯とのやり取りの後、社長に電話をしたところ、社長室で待ってるからいつでもこい、とのことだったのだ。
 最上階までエレベーターで一気に昇り、そのフロアの一番奥にある社長室の前へと小走りで向かった。同じフロアにある他の部屋の扉とは違った、重厚なつくりの扉をノックする。
 扉が急に開いて、一人の男が現れた。髪の毛を全部後ろに流して、一つにまとめている。少しオリエンタルな香りのする顔つきだ。

「ツォンさん、急にすみません」

 そう告げると、男はいいえ、とだけ述べて、中に案内してくれた。
 広い部屋の中には、いかにも高そうな応接セットが一式と、その奥に大きな広い机がある。机の前には白いスーツを纏った金髪の男が座っていた。これが社長だ。

「クラウド、何事だ?」
「預かられました」
「何が?」
「セフィロスが」

 社長は立ち上がると、応接セットの方へと移動してきた。俺に座るよう勧めてから、先にソファーに腰を下ろしている。一礼してから、俺もソファーに座る。ふかふかで腰が思い切り沈んでしまうので、体勢を保つのが大変だ。

「クラウドが預かってくれるように頼んだのか?」
「いえ。勝手に預かられてしまいました」
「ほぉ。あのセフィロスが、なぁ」

 社長はツォンさんを呼ぶと何か耳元で囁いている。ツォンさんは数回頷いてから、かしこまりました、と小さく呟いて、社長室から出て行った。
 ツォンさんは社長から何を指示されたのだろう。いつになく厳しい表情だった気がするけれど、俺の話と関係あることなのだろうか。

「社長と別れた後のことだと思われます。ぼんやりしていたのだと」
「…なるほど。で、要求は?」
「社長に会わせろ、と」
「ほぉ?」

 社長は意外にも楽しそうに笑った。大体、面倒なことに関わるのを嫌がるのに、自分が名指しされてる場合は喜んで関わってくるらしい。

「会いたいというだけで、わざわざ足を運んでもらえるとは思ってない」
「でも、行かなければ、セフィロスを返してもらえないんだろう?」
「…実際、セフィロスがどうなるのかはわからないな。明後日には自力で帰ってこれるだろうから、心配してない」
「案外、薄情だな…」
「やばいと思ったら助けに行ってる。ただ、そういう緊迫感が一切ないんだ」

 犯人側も切羽詰まっている感じはしない。セフィロスがどうなってもいいのかって脅してはきたけれど、そのつもりもなさそうだった。計画されていたような様子でもなかったし、きっと、行き当たりばったりなんだろう。ただ、社長に会いたい、っていう気持ちが先走ってるだけのような気がする。

「まあ、何かあってもまずいだろうしな、俺が行くのは一向に構わない」
「ありがたいお言葉。さすが社長。でも、プリン談義したいそうなんだけど、それでもいい?」
「プリン談義!」

 社長は嬉しそうに手を叩いた。ホント、プリンに目がないな、この人。

「そんなお呼び出しなら、行かないわけにはいかないだろう。どこへ行けばいい?」
「ここのはす向かいにあるカフェに19時に連れて来いって言われてるんだ。一緒に行ってもらっても?」
「わかった。あと30分ほどだな。移動しておくとしよう」

 ソファーから立ち上がって、自席に戻った社長は机の上にあったノートをぱらぱらとめくっている。この先の予定でも確認しているのだろうか。
 そう言えば、この後も仕事があるんだったら、わざわざ俺につき合わせる必要はない。

「社長…」

と、声をかけたと同時に、ドアをノックする音が響いて、ツォンさんが入ってきた。社長の傍に駆け寄り、手帳を見ながら、何か伝えている。

「…わかった。セフィロスは大丈夫そうだな」
「セフィロス、大丈夫なのか?」

 社長の声を聞きとめた俺は、社長の傍まで駆け寄った。社長は小さく笑うと、そのようだな、と言ってノートを閉じた。
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