チョコと天秤 (5)
チョコと天秤

「決まったか?」

 背中から声がして、俺はゆっくりと振り返った。
 社長が笑みを浮かべて、俺を見上げていた。店員との話は終わったらしい。

「…決まるわけないだろう? 甘いものが苦手な俺にわかると思ってるのか?」
「そう言うと思った。だから、特別に用意させた」

 社長は俺に向かった紙袋を突き付けてきた。

「これは?」
「クラウドにやれ。代金は給料天引きにしておくからな」

 袋の中を確認すると、箱が二つ入っていた。

「そうそう、二つ入っていると思うが、一つは俺からだからな、ちゃんとそこは伝えておけよ」

 違う種類のものが二つ、というわけではないのか。

「……二つ分、天引きか?」
「社長がそんなに心狭いと思っているのか? 天引きはお前の分だけだ」
「…わかりました。これで仕事は終わりと思ってもいいのか?」
「これで仕事終わりにしたら、ヒマでしょうがないだろう?」

 社長はまだ俺に何かをさせようという腹積もりらしい。確かに暇になってしまうことは間違いないのだが、社長と一緒にいるというのも、目立ってしょうがない。
 返答に困っていると、さあ、行くぞ、と社長は俺が従ってついていくのが当然と言った風に、歩みを進めていく。女性の客の間をかき分けるようにして、店の外に出ると、社長はすでに10mほど先を歩いていた。早足で隣に並ぶと、次は服だな、と言った。

「服?」
「…そう、服だな」

 社長はそれきり何も言わなくなって、俺たちは無言で社長しか知らない、目的地へとただ歩いた。




「まさか、こんなに買わされるとは思ってなかったが…?」

 俺は両手に紙袋を3つずつ下げている。

「なに、けち臭いこと言ってるんだ。買う時は全部買う!」
「全部って言っても…」
「クラウドのためなんだから、問題ないだろう?」

 俺自身は全く問題ないが、これでは絶対クラウドが困ってしまうだろう。

「お前から物をもらって嫌がるようなことは絶対ないだろうし」
「…さあ、それは…どうだろうな…」
「もしかして、好かれてる自信がないとか?」
「そんな自信、簡単に持てるものでもない…」

 クラウドは俺のことを好きだと言ってくれているし、クラウドの言葉を信用していないわけではない。だからと言って、俺はいつも好かれてるって思って過ごすことは難しい。
 俺がクラウドのことを好きなんだからクラウドも俺のことを好きに決まってる、なんて思うほど、自意識過剰ではない。

「では、自信がつくほど、言葉を交わして、抱き合えばいいじゃないか。それが簡単にできるほど近くにいるのだろうが、お前たちは。何のために言葉があって、身体があるんだ?」

 社長は携帯を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。

「…ああ、どうだ? ほぉ、早く終わったのか。では、俺の役目はこれで終わりにするぞ?」

 役目? 俺とここまで一緒にいたのは役目だったのか?

「……ああ、そんなものはいい。今日はそうやって気を遣うんじゃないぞ、いいな。では、また…」

 一体、誰と電話をしているのだろう。

「セフィロス! 今日の仕事はこれで終わりとしよう。さっさと帰るといい」
「…誰に頼まれた?」
「何がだ?」
「社長の役目だったんだろう? 俺をこうやって連れまわすのは」
「守秘義務を守らせていただこうか」

 社長はあくまでもしらを切りとおすつもりらしい。

「どうしても吐く気はないんだな?」
「…不穏な奴だな。どうして、お前が全く気付かないんだ?」

 社長は鼻で笑うと、そう言えば、と何かを思い出したような言い方をした。

「電話の相手が言ってたぞ。案外、寂しがり屋だから、拗ねてるんじゃないかって」
「俺は拗ねてなどいない」

 やたら俺が拗ねてることにしたいようだが、別に一人にされたからって、拗ねたりなどするわけがない。失礼な話だ。
 仕事も終わってさっさと帰れってことだし、帰ろうと踵を返したところで、社長がまた俺を呼び止める。

「…何だ?」
「伝言だ。『ごめん、待ってる』だそうだ」

 俺は気が付いたら、駐車場までの道をいつにない速さで歩いていた。
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