チョコと天秤 (3)
チョコと天秤

 どこへ行こうかと思案した挙句、一人でドライブもつまらないので、ミッドガルの市街地へと車を走らせた。
 一番大きい商業ビルの地下にある駐車場に車を止めて、そのまま地上階へと上がる。
 特に何があるといったわけではない。ファッションのフロアと飲食店のフロア、それから、本屋や雑貨屋が並ぶフロアがある。
 大概のものが揃うようになっているので、客の入りも多い。その上、今日はバレンタインということだから、カップルがやたら目につく。幸せそうな奴らばっかりで、まあ、いいことだな。
 とりあえず、昼食を取るのと、時間潰しを兼ねて、カフェのあるフロアへと移動した。 クラウドによると、人気のあるカフェらしく、思っていたより人が座っていた。幸いなことに、喫煙席として区切られたスペースの中には人はいない。
 店員にひとまずコーヒーをお願いして、ぼんやりと窓の外を眺める。俺が座った席からは窓の外といっても、人が歩いているのが見えるだけだ。俺と目があった人はなぜか早歩きで去っていく。俺は取って食ったりなどしないがな。
 店員の声がして、コーヒーがテーブルに置かれる。店員に会釈をして、また、窓の外に目を移したところで、俺は言葉を失った。
 目の前には見慣れた顔がいて、手を振っている。手を振りかえす気にはならなかったので、そのまま見ていると、その見慣れた顔の男は何か喚いているように、口を動かしている。
 見た感じでは、「そこにいく」と言っているようだった。
 来るなとも言えず、逃げることもできないため、ただ、男が入ってくるのを待つしかなかった。

「こんなところで会うとはな、ヒマなのか?」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたしますよ、社長」
「俺はバレンタインの街の様子を調査中なんだ」

 額にかかる金色の前髪を煩わしそうに指先で流してから、社長は俺の隣に座った。相変わらず、白いスーツ、白いロングベストのいでたちだ。
 俺は長い銀髪で背が高いから、目立つという自覚があるが、社長の方にはそんな自覚はまるっきりないようで、きょろきょろと辺りを見渡している。
 俺たち二人に視線が集中しているのが、そんなに楽しいのか?

「…何かわかったのか?」
「そうだなぁ。カップルが多い、チョコレートの売り上げは上々、俺もチョコレート食べたい」

 最後のは明らかに個人的な感想だ。

「…チョコレート、食べたいのか?」
「…どうだろうなぁ。美味しそうなチョコレートが並んでいるからなぁ…」
「チョコレートだったら、今頃、社の方にたくさん届いてるだろう?」
「…かもしれんな…」

 社長はオーダーを聞きに来た店員に何か言って追い払うと、俺の顔を眺めてくる。俺の顔がそんなに珍しいわけでもあるまいし、何が言いたいんだろうか。
 少しの間待ってみたが、言葉を発しないので、俺が話を続けた。

「全然、調査出来てないと思うのだが、何のために休みにしてまで調査してる?」
「何のため?」
「そうだ。意図があったんだろう?」

 社長はそうだなぁ、と頬杖をつく。俺の顔を見て、にやにやしているのはよくわからない。

「腹、減ってないか?」
「は?」
「二度も言わせるな。腹、減ってないか、と」

 店内を確認してみると、大きなアナログ時計が掛けられていた。もうすぐ、正午を指す時間だ。
 元々、あまりお腹が空くようなたちではないため、腹が減ってるかと聞かれても、減ってないとしか答えられない。

「…今、一人だと言うことは暇なんだろう? さあ、つき合え」
「好きで暇になってるわけじゃない。そもそも、社長が急に休みにしたのが悪い」
「気を遣ってやったのに」
「頼んではいないな」
「全く、気の遣いがいのない奴だな」

 社長は俺の伝票をひったくると、さあ、行くぞ、と言って、席から立ち上がった。

「どこへ?」
「どこでもいいだろう。クラウドにほったらかされて、ぐずぐず拗ねてるよりはいいだろう?」

 誰が拗ねていると言うのだ。勝手に解釈して、勝手にことを進めるのは、悪い癖だと、お付きのツォンにいつも言われているのに、治る気配はない。治そうと思っていないのだろう。
 早くしろ、とせっつかれて、俺はしぶしぶ立ち上がった。




 先ほどまでいたビルのはす向かいにある高級と言われるホテルのレストランに連行された俺は、仕方なくコース料理をいただいている。

「…飲まないのか?」
「家まで送ってくれるのか?」
「ごめん、こうむる」

 だったら、勧めるようなことを言わないでほしい。
 とはいえ、家に帰るまではまだ結構な時間がある。今飲んだところで、帰るころにはアルコールも抜けてしまうだろう。

「…で、食事に誘った理由は?」
「一人で食べるよりいいだろう?」
「寂しがり屋か…」
「失礼な。おまえの方が寂しがり屋だろうが」

 心外な言葉を吐きすててから、社長は近くにいたウェイターを呼び寄せて、何か小声で指示している。

「俺は寂しがってなどいない。一人で行動することに慣れてはいるんだ」
「…一人じゃなくなってから、一人でいられなくなったくせに…」
「俺は…っ!」
「お待たせいたしました」

 俺の言葉を遮ったウェイターの手には赤ワインのフルボトルがあった。ラベルを社長に見せて確認をしているが、社長の方はああ、と言っただけで、どういったワインであるのかには興味はないらしい。しかも、俺の方に顎をしゃくって、ウェイターを促している。

「あの男が文句を言わないなら、それを」
「社長…。俺は飲まない、と…」
「どうせ夜まで帰れないんだろう? その間に酔いも醒める」
「…しかし…」

 ウェイターはワインのボトルを持ったまま、俺と社長の顔を交互に眺めている。

「悪いが注いでやってくれ。心配いらない、ちゃんと飲む」

 社長の一言で、俺の傍にあったワイングラスには赤い液体が半分ほど注がれた。社長は満足そうに無言で二度うなずくと、自分の目の前にある魚料理に手を付け始めた。
 俺は注がれたワインを一気に飲み干して、社長の意図を探ろうとした。
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