チョコと天秤 (1)
チョコと天秤

 帰宅した俺がリビングの扉を開けた時、クラウドはどこかと電話をしているようだった。テーブルの上には手帳が広げてあって、びっしりと文字が書きこまれている。
 俺に気づいたクラウドは片手を顔の前に立てて、声に出さずに、ごめん、と謝った。
 軽く手を上げてから、ソファーの一番端に腰を下ろし、クラウドの電話が終わるのを待つ。

「…ああ、そうですねぇ、14日の配達はもう、難しいので……、はい、13日でしたら、まだ余裕がありますが……」

 どうやら、配達の仕事の話らしい。デリバリーサービスの売り上げはそこそこあるようで、お得意様も付き始めたということも聞いた。
 家にずっといるよりは忙しく動いている方が性に合ってると思う。疲れた、と零すこともあるが、楽しそうだから、俺は特に何も言わない。

「…では、はい、前日に……。あ、はい、連絡先をお願いします……」

 クラウドは携帯を肩に挟んで、ノートにペンを走らせている。あのノートにこれ以上文字を埋めたら読めなくなるんではないだろうか、という俺の心の中の心配は当然届かないので、クラウドのペンはまだ動いている。

「…では、よろしくお願いいたします。失礼します…」

 ふぅ、と小さく息を吐き出して、クラウドはノートを真剣に見直している。どうやら、本人は読めているらしい。

「…ルート変えようかなぁ…。あ、セフィロス!」
「何だ?」
「ごめん、ごめん。お待たせ。すぐご飯の用意するから!」
「あ、おい……っ!」

 俺の制止も聞かずに、つんつんと逆立ったトレードマークの金髪を揺らして、リビングを飛び出して行った。
 自分で思い込んで突っ走るのはやめた方がいいと、再三注意しているんだが、まだ、治らずにいる。行動が早いのはいいことだと思うが、ちょっと考えることも学んだ方がいいだろう。まあ、俺の言うことなど聞きはしないのだ、昔から。

「…セフィロスー、どれぐらい食べるー?」

 どれぐらい? 何をどれだけ作ってるというんだ?
 キッチンへ移動してみると、クラウドは鍋の前で腕を組んで、唸っていた。大きな鍋の中はシチューだ。キッチンに漂うこの香りは間違いない。クラウドの得意料理のひとつ。味は抜群にいいし、俺が好きな料理でもある。

「…まあ、普通に食べるが…」
「だよな…」
「普通だとまずいのか?」
「い、いや、いいよ。じゃ、早速盛り付けるね。食べよう、食べよう!」

 クラウドはテキパキと準備をして、あっという間にテーブルにシチューの皿、パンを盛られた籠、ワインなどが並べられた。

「いっただきまーす!」

 ちゃんとあいさつしてから食べ始めたクラウドの食べっぷりに苦笑しつつ、アツアツのシチューに舌鼓を打った。



 俺が寝室のベッドに横になって本を読んでいると、急に寝室のドアが開いて、バスローブを羽織ったクラウドが入ってきた。クラウドは俺の横にダイブして大きく息を吐きだし、そのまま動かなくなった。

「…忙しそうだな…」

 軽く頭を撫でると、はぁ、とまた大きく息を吐く。

「…困ったことでも?」
「いや、困ってはないよ。ちょっと効率のいいルートが思いつかなくて。ちょっと時間かかっちゃうなぁ、て考えてるところ」
「ああ、配達のルートか…」
「そうそう。13、14はちょっと忙しくなりそうだから、手早く回りたいと思って」
「13と14? 何かあるのか、その日に」

 クラウドはいきなり体を起こすと、本気かよ、と俺の顔を見てから、大げさに頭を振った。

「本気?」
「本気で言ってんのかってこと」
「わからないから聞いてるんだが…?」

 うわー、っとクラウドは頭を抱えるが、俺には心当たりがない。

「今ので全世界のセフィロスファンを敵に回したぞ! 知らないぞ、俺は!」
「俺のファンがどれだけいるのかは知らないが、別に敵に回そうと知ったことじゃない」
「…ああ、そうですか。じゃあ、知らないままでも問題ないんじゃないですか」

 クラウドはまたベッドにうつぶせに突っ伏した。
 14日と言えば、社長が何か喚いていた気がするんだが、何だっただろうか。
 携帯電話のカレンダーを確認すると、14日は休みとメモしてあった。休みの後ろにはカッコ書きでバレンタインデーのため、と記入されている。
 クラウドの忙しい理由に思い至った俺は、クラウドに声をかけた。
 しかし、クラウドは一切返事をしてくれない。

「なぁ、クラウド…」
「クラウドは寝ました」

 クラウドは俺に背を向ける体勢になってから、身体を丸めた。無視する気らしい。こうなるとなかなか会話にはならないので、独り言のように呟く。

「そう言えば、社長が14は休みと言ってたな。あの社長、何を考えているのか…」
「え?」

 珍しくクラウドはすぐに反応してきた。
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