チョコと天秤 (4)
チョコと天秤

「結局、俺をランチに誘うために、ここに来たのか?」
「そういうわけじゃないぞ。お前に仕事をやろうと思ってな」
「仕事? 休みにしたのは社長だろう?」
「確かに。でも、お前はこのあたりでただぐたぐだしてるだけだということがわかったからな。ここでの食事が済んだら、俺についてこい。19時ぐらいまでは時間潰してやろうじゃないか」

 社長は何か企んだような笑みを見せてから、とどめのようにこう言った。

「社長命令だからな」




 食事を終えて、社長に連れられてやって来たのは、食事をしていたホテルから10分ほど離れた商業ビルだった。
 ビルの真正面には大きな自動扉があり、エントランスとなっているらしく、人の行き来が多い。入り口の両側には店があるらしい。片方は洋服を着たマネキンが数体並んでいるので、洋服店なのだろう。もう片方は一見、宝石店のようだが、それにしてはやたら客が多い。店の脇には列ができているので、店の中に入れない客たちが待機させられているのだろう。しかも客は女性ばかりだ。

「…ここは…?」
「チョコレート専門店」
「ほぉ」
「ここでまず始めの仕事だ」
「ここで?」

 甘いものを食べることがない俺にとっては全く縁もゆかりもない店だ。ここで何をしろと言うのだろう。

「限定で数種類チョコレートセットがあるんだ。それを買いに行こうじゃないか」
「何のために?」

 社長は片方の眉を吊り上げてから、大きくため息をついた。その上、頭を大げさに振っている。
 俺に呆れたと言わんばかりの態度だ。

「クラウドとの生活が甘すぎて、頭の中まで蕩けだしたのか?」
「うるさい。至って普通だ。俺が甘いものを食べないことを知ってるんだろう? どうしてチョコレートなど買いに行かせる?」
「バレンタインだからに決まってるだろう! しかもお前に食わせようなどとは思ってない!」
「…だったらどうして…」

 勢いよく俺に人差し指を突き付けて、社長はバレンタインデーに何のためにチョコレートを贈るんだ、と聞いてきた。

「…大切な人に思いを伝える……」
「そうだ。今回の場合で言えばクラウドから渡すのが普通だが、お前はチョコレートを食わん。だから、お前がクラウドにやればいい。クラウドはチョコレートが好きらしいから、ちょうどいいではないか」

 社長の言うことは一理あるし、クラウドからしてみれば、俺にチョコレートの渡しがいはないだろう。

「バレンタインデーとホワイトデーと両方、俺からプレゼントを渡すということだな?」
「嫌なのか?」
「嫌と言うわけではないが…」

 俺からプレゼントを渡すと、クラウドは未だに気を遣ってくるのだ。プレゼント責めにしたら、クラウドはきっと困ってしまうだろう。

「お前は普段から思いを言葉にしないからな! クラウドに伝えたい言葉も全部飲みこんでいるんだろう? だから、こういう時ぐらいイベントを利用して、めいっぱい伝えるのもいいではないか」
「…俺はちゃんと伝えてる…」
「と、お前が思ってるだけかもな」

 社長はそう言うと、たくさん並んでいる客の列を無視して、店の中に入って行った。

「おい、横入り……」

と、俺が咎めるより先に、店の奥から、店員が社長の傍に駆け寄ってきた。

「お待ちしておりました」

 店員はこう述べて、社長と何か話を始めた。社長はその話に夢中になってしまっているようだったので、俺はそっと店から出ようとした。

「セフィロス、お前はちゃんと店内を見て、買って帰るものを選んでおけ」

 話に神経集中させているのかと思いきや、周りの動きにも気を遣っているらしい。

「選べと言うが、俺たちは横入りして入ってきたようなものだ。待っている人たちに悪い…」
「大丈夫だ。ここは神羅のチョコレート部隊の店だからな。リサーチに来ているのだから問題はあるまい」
「…神羅が出したのか?」
「ああ、期間限定でな。プリンばかりではなく、チョコレートにも目を向けてみた」
「…そうですか…」

 そうだ、と言って社長は店員と話を再開させた。
 仕方なく店の中を歩いて回る。とはいえ、すでに店の中も女性のお客さんがいっぱいで、ゆっくりと見るのは難しい。だが、他の人より頭一つ分以上背が高いおかげで、割と楽に見れている。
 店の奥にはケーキ屋のような温度管理された大きなショーケースが置かれていて、その中には小さなチョコレートが何十種類と並べられている。丸いものや、四角いもの、赤く彩られたものもあれば、黒と見間違うほど深い茶色のものもある。この中からいくつか選んで箱に詰めてもらうシステムらしい。
 そのショーケースの端には、いくつか箱が並べられていて、それぞれの箱にはすでに色とりどりの鮮やかなチョコレートたちが詰められている。
 バレンタイン限定品とのラベルがあって、店の中に入ってくる女性たちはそれを見ては、あーだ、こーだとはしゃいで、楽しそうだ。
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