深海 (5)
深海

「俺はどこにも行かないぞ」
「ごめんね、セフィロス」

 俺は軽く笑みを浮かべた。
 セフィロスは言葉をどう返してよいのかわからずにいるみたい。困ったような顔をしていた。

「そう言ってくれるのもわかってるし、側にいてくれるだろうってことも俺はわかってる。わかってるはずなんだ」
「わかってるはず、ということはわかっていないということだろう?」
「いや、わかってるんだ。今まで一緒にいたようにきっとこの先も一緒にいてくれるだろう、って俺は思ってるし、確信してる」
「だったら…」
「生きている間はね」
「生きている間って…!」

 セフィロスはすごい剣幕で俺の肩を掴んできた。まるで俺が今にも死ぬんじゃないかって思ってるみたいだった。

「そういえば、あの女の人は…?」
「クラウド…!」

 俺が話を変えたのが気に入らなかったらしい。俺の肩を掴む手に力を込めて来た。俺との会話がちゃんと成り立っていないことで、セフィロスは不安になっているのかもしれない。

「あの人はもう死なないって決めたでしょ? 普通の人だったらそうだよね?」
「普通の人っていうのがよくわからんが、さっきお礼を言いに来ていた。助けてくれてありがとう、とのことだ」
「助けてよかったのかな…、俺」
「よかったんだろう? 礼を言いに来るぐらいだったのだから」

 お礼ねぇ。本当は余計なお世話だったはずだ。愛する人のところへ行くのを邪魔されてありがとうなんて、言えるのだろうか。
 セフィロスのあの言葉を聞いて、考え直して、愛する人への想いを自分の中で整理できたというのか。
 だったら、あの人は強くて、俺は弱い。

「…俺があの立場だったら、絶対にお礼なんか言わない…」
「クラウド…?」
「愛する人のところへ行き損ねてるわけでしょ? お礼言えるわけないよ」
「そうは言っても、命の恩人だぞ」
「その命を必要としてないんだよ、その時には。意味がないんだ」
「意味がない…?」
「そう、意味がないんだよ、俺にとってはね。こうやって抱きつくこともできなくなってるわけでしょ?」

 セフィロスの背中に腕を回す。側にいるからこそ出来るこの行為ができなくなるわけだから、俺に命がある意味がないのだ。
 もちろん、死んでしまえば、肌を触れ合わせる感覚もわからないだろうし、一緒にいるなんていう認識もできるわけがないだろう。
 だが、それでも俺はきっと同じ所へ行こうとするに違いない。セフィロスの姿を俺は探してしまうだろう。

「…お前はもし俺に何かあったら、後を追うと言うのか…?」

 俺は黙ってうなずいた。

「バカなことを…」
「…セフィロスはあの女の人に向かって言った事を、俺にも言う?」
「…お前は俺が『死んででも俺の側に来い』って言うと思っているのか?」

 俺はセフィロスから離れて、ソファーから立ち上がった。俺を見上げているセフィロスの目はいつものように穏やかではなかった。

「…わかってるよ、言わないってことは…。それでも、俺は…」
「俺は…?」

 考え方の相違は大きな溝を生み出す。俺がセフィロスの側に行くためには溝を跳び越さなければならないが、その溝はあまりにも広い。

「…ごめん、いいや。ちょっと、散歩してくる」
「待て! そんな状態で外に出せるか!」
「大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくるって」

 俺は掴まれた腕を振り払って、別荘を飛び出した。





 どれぐらいここにいたのだろう。太陽は半分海に浸かっていて、海の色がオレンジ色に染まり始めていた。
 別荘を飛び出してから、人がいそうにない浜辺まで全力疾走した。浜辺でずっと海を眺めていたはずだったが、途中から意識がなかった。
 太陽がこんな位置に来ていることも、今の今まで気づかなかった。

「いつまでそうやっているんだ?」

 聞き覚えのある声は、いつもよりやさしいトーンだった。

「さあ。俺の気の済むまで」
「風邪をひくつもりか?」

 セフィロスはそう言いながら、俺の横に腰を下ろした。

「セフィロスこそ、俺に付き合ってると風邪引くよ」
「お前が握っている爆弾を回収しないとな」

 この人は何でもお見通しなんだなぁ、と改めて思う。すぐに何でもばれてしまうから、普通は隠し事はしない。くだらないことでも話すようにしている。
 ただ、言葉にするのをためらうものがないわけではない。
 今回もそうだ。俺はその言葉が自爆スイッチのボタンだと思っている。
 スイッチが入れば俺とセフィロスとの間の溝はさらに広がり、もう二度と埋まる事はないだろう。そうなれば、きっと俺は壊れてしまう。
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