深海 (2)
深海

「海の底は食材の宝庫らしいぞ」
「…どういうこと…?」
「底まで行くと、色々見つかる」
「底までって…」
「多分、10メートルぐらいじゃないか?」

 あっさり言うなよ、あっさりと。10メートルを何度も潜るのは、普通の人には辛いはず。多分、セフィロスには簡単すぎることなんだろうけどね。

「俺はもう少し潜るから、先に戻っててもいいぞ」
「何言ってんの? 俺も途中まで一緒に潜るよ」
「素もぐりだぞ」
「言われなくてもわかってるよ」

 そもそも、何の器具も持ってきてないじゃないか。

「ま、頑張れ」

 セフィロスはさっさと海の底へと沈んでいった。
 慌てて後を追って、俺も海に飛び込んだ。
 セフィロスはもう、1メートルから2メートル近く潜っていた。
 必死で追いすがってみたものの、俺は途中で息苦しくなって、水面に浮上せざるを得なかった。俺の肺活量は普通の人よりは優れていると思うけど、セフィロスの肺活量はそれ以上だった。
 水面でぷかぷか浮かんでいると、すぐ側でザバッと水から何かが出てくる音がした。

「何か取れた?」
「これ」

 セフィロスが差し出した右腕には、ぐにゃぐにゃしたものが絡み付いていた。

「たこ…だね…」
「持って帰ったら食えるだろう?」
「そりゃ、食べられるけどさぁ。もっと良い物ないの?」
「うにとか転がってたぞ」
「うに!」

 よっぽど、俺は目を輝かせていたのだろう。
 セフィロスはしばらく笑い続けた後、腕からたこをひっぱがした。たこがボートの上で暴れている。その後、「では、ご希望どおりに」と言って、また、海に潜っていった。
 やっぱり、普通じゃないな、この人は。
 モーターボートの上から、水面を見下ろす。海の底の方までは見えなくて、セフィロスがどの辺りにいるかは、さっぱりわからない。
 セフィロス並みに潜ることができたら、もう少し楽しかったかな、と思ってしまう。セフィロスが見ているものを同じ場所で同じ時間に見ることができるもんな。
 俺がセフィロスに並ぶ事など到底できるはずもない。
 心の中ではわかっているけど、並んでみたいと思っちゃうんだよなぁ。

「大きくため息なんかついてどうしたんだ?」
「えっ?」
「せっかく取ってきてやったのに」

 セフィロスはくったりした、たこの隣にうにをばらばらと転がした。

「…ありがとう…」
「さっき、目を輝かせてたのに、うにはいらんのか?」
「いや、うにはいるんだけど…」
「他にもいいものがあるぞ」

 セフィロスはおいで、おいでと俺を手招きした。モーターボートから海に入りなおす。
 セフィロスは俺の手を掴むと、少し泳ぎだした。引きずられながら後についていく。
 モーターボートから5メートルぐらい離れたところで、セフィロスは俺の手を離した。

「ここに何があるの?」
「後のお楽しみ。今回は頑張って潜ってもらうからな、大きく息を吸って」

 言われるがままに、息を吸い込む。
 セフィロスは海を指差してから、いきなり潜り始めた。
 その後を追って、俺も潜っていく。
 5mぐらいは潜ったのだろうか。
 セフィロスが海の中で、合図を送ってくる。そちらに視線をやると、原色に彩られた魚達が優雅に泳いでいた。
 息苦しい事を一瞬にして忘れさせてくれるような光景。このまま海に溶けていけたら幸せかもしれない、と思った。

「すごい、すごい。あんなに熱帯魚がいるなんて!」

 海面に顔を出した俺は、すぐ側にいたセフィロスに思わず叫んでしまった。

「この辺りは海にも岩が多いからな、隠れるのにちょうどいいのだろう」
「ありがとね、セフィロス。いいもの見せてもらっちゃった♪」
「どういたしまして」
「セフィロス…」
「ん?」

 首を傾けているセフィロスに抱きついて、唇を軽く重ねる。

「お礼だよ」

 そう言って、俺が笑うと、セフィロスもつられるように軽く笑ってくれた。
 あんまり笑わないから、軽く笑ってくれるだけで、俺としてはすっごく嬉しくなるんだよなぁ。
 また、笑顔がたまらないわけだよ。
 俺、本当にセフィロスの事が好きだなぁって思う瞬間。



「そういえば、今日さぁ、浜辺で女の人に声をかけられたんだけど…」

 セフィロスの腕に抱かれたまま、呟く。さっきイカされたばかりの身体はまだほてっていて、浮遊感が抜けない。
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