深海 (3)
深海

「クラウドはモテモテだな」

 セフィロスは俺の頭をがーっともみくちゃにした。からかってるんじゃなくて、きっと怒ってるのだろう。でも、俺を一人にしたのはセフィロスだから、責任はセフィロスにあるはずなんだけど、その辺りはわかっていないらしい。

「セフィロスにはかないませんよ。それより、その女の人なんだけど…」
「やけにこだわるな」
「ん…、なんか、様子がおかしくて…」

 海に来ていて、全然楽しそうな雰囲気はなかった。むしろ辛そうだった。海が嫌いだったらわざわざ水着に着替えたりしないだろうし、そもそも浜辺なんかにいたりはしないだろう。

「さては、一目ぼれか…?」
「セフィロス!」

 俺はセフィロスの言葉にかっとなって、身体を起こした。すぐさま、セフィロスの頬を狙って振り下ろした右手はいとも簡単に止められてしまった。
 悔しさ倍増で、俺は思い切りセフィロスの手を振り払った。

「冗談でも、言っていいことと悪いことがある!」
「クラウド…?」
「俺はセフィロス以外の人を好きになんてならないよ!」

 セフィロスの顔が一瞬崩れる。顔に「うれしい」と書いてあるのがはっきりと分かる。あからさまに表情に出されると、気が抜けるじゃないか。
 うれしさのあまり気が緩んでいるらしいセフィロスの頬をぺちっとはたく。

「今回はこれで許してあげる。今度、同じようなこと言ったら、これではすまないからね!」
「…悪かった」

 セフィロスが力いっぱい抱きしめてくる。反省したり、感謝したりするときには、大概こうやってぎゅうっとしてくれる。それが俺は結構うれしかったりして、わざと怒ってみたりすることもある。

「気をつけるように! で、話を戻すけど、その人は海に二人で来たのに帰りは一人かもしれないんだって」
「彼氏に用事でも?」
「そんなんじゃないみたいだけど…」

 そもそも彼氏に急用ができたなら一緒に帰るだろう。一人で帰るっていうことはないと思う。多分。

「よくわからんが気になるんだな?」
「そう…。胸騒ぎって言うのかなぁ」
「では、行くしかないな」

 そう言うとセフィロスは起き上がって、服に着替え始めた。自分一人で納得して勝手に行動を起こす人だから、こっちには何のことかさっぱり分からない事がある。

「行くって、どこへ」
「…気になるんだったら、行ったほうが早いじゃないか。考えている時間がもったいない」
「まさか…」
「そのまさか。さあ、行くぞ」
「…わかった、すぐ追うよ!」

 どうやらセフィロスは俺が気になったその人を探しに行こうとしているらしい。
 時計を見ると、夜中の2時を回っていた。こんな時間にどうやって探そうとしているのかはわからない。セフィロスのことだから何か考えがあるのかもしれないけど、俺には皆目見当がつかない。
 とりあえず、俺はセフィロスの後を追うしかなかった。
 浜辺をセフィロスを追って走り続ける。
 昼間はたくさんの海水浴客でにぎわっていた砂浜は今は誰もいない。
 辺りは真っ暗でどこからが海でどこからが空なのかは判別しにくい。灯台が照らす明かりで時々その境目がはっきりする。

「クラウド! こっちだ!」

 セフィロスの声に弾かれるように、声のする方へさらにスピードを上げて近寄った。

「見つかった?」
「いや…。もっと向こうかもしれん」
「わかった。もっと向こうまで行ってみる!」

 俺はそのまま砂浜を走り続けた。
 どうしてだか分からないが、俺たちが探している人は海の近くにいるような気がしていた。
 気づいたら、俺は海岸の端の方まで来ていて、ここにいないのだろう、とあきらめかけたとき。
 俺は海に入っていく人の姿を確認した。
 その人は服のまま海を進んでいた。

「セフィロス! 人が!」

 俺はそう叫ぶと、着ていた服を脱ぎながら走り、海に入っていった。
 幸いなことに、俺がその人のところにたどり着いたときには、その人はまだ意識は失っていなかった。
 ただ、思い切り暴れられた。

「離して! 邪魔しないで!」
「そういうわけには行かないよ! とりあえず、海から出よう!」
「嫌っ! ここにいる!」
「だから、そういうわけには行かないって!」

 ばたばた暴れるその人を抱えたまま、俺は無理やり浜辺に上がった。
 ただでさえ動きにくい水の中で、人を抱えてくるっていうのはかなりの体力が必要だった。

「ああ、昼間の…」

 落ち着いたのか、俺の顔をみて俺のことを思い出したようだった。
 俺たちの前には焚き火がたかれている。
 セフィロスは、用意周到でタオルやらやかん、コップなどこうなる事が予想されていたかのように次から次に物が出てきた。

「思い出してくれました?」
「まさか、こんな時間に貴方が来るとは思ってなかったわ」
「嫌な予感がしたんで…」

 その人は軽く笑った。

「すばらしい勘の持ち主ね。でも、その勘が働かない方がいい時もあるわ」
「今回のように?」

 俺はきっと嫌味な顔で言っていたに違いない。『すばらしい勘の持ち主ね』と言ったその人の口調はまるで助けなくてもよかったのに、と暗に言っていたのだ。
 女の人は俺を少し睨んだ後、小さな声で言った。

「あの人と海に来たのは一週間前なのよ、実は」
BACK