もし、君がいないと(1)
もし、君がいないと

 俺はリビングのソファーでワイングラスを傾けていた。
 欲望のままにクラウドを貪っていたのは、ほんの1時間ほど前だ。思いのままに何度肌を重ねたとしても、満たされることなどない。クラウドはいつも傍にいて、手を伸ばせば触れられるところにいるにも関わらず、満ち足りた気分になれないでいた。
 クラウドの想いが俺に向かっていることは十分承知している。想いが一方通行でないにも関わらず、求め続けてしまう。

「…俺が単に好きすぎるというだけなんだろうか…」

 ワインのボトルを掴もうと左手を伸ばした時だった。いきなりその手を掴まれた。

「…どうした? 気配を消して近づいてきた理由は?」
「俺は別に何もしてないよ。セフィロスが気づかなかっただけだろう?」

 嘘だ、と思ったが何も言わずに、首を左に捻った。そこには、俺のパジャマの上だけを羽織ったクラウドが立っていた。パジャマの裾からちらちらと見える太ももに残った紅い痕が情事の濃さを物語っているようだった。
 視線をクラウドの顔に合わせて、眠れないのか、と問うと、いないから、と返ってきた。

「俺が、か?」
「そうだよ、他に誰のことを言うんだ?」
「俺がいる、いないにかかわらず、ぐっすり眠ってると思ってたがな」

 声を枯らすまで何度も貫き、責め立てていたから、眠ってしまえば起きることはないと安心していたのだが、それが間違いだったらしい。

「…俺もそのつもりだったよ」

 隣に座ったクラウドは、俺が先ほどまで使っていたワイングラスを掴み、ワインをなみなみと注いだ。

「眠れないからってワインはやめておけ。眠りたいならちゃんと添い寝してやる」

 クラウドが掴んでいるワイングラスを奪おうと伸ばした手は払いのけられてしまい、グラスの中のワインはあっという間にクラウドの喉の奥へと消えていった。
 ケーキにかすかに入っているラム酒でも酔うほど酒に弱いのに、ワインの一気飲みなどもってのほかである。

「全く!」

 クラウドを無理やり立たせて、横抱きに抱え上げた。

「セフィ…ロス…、ねぇ…、歩ける…よぉ?」
「もう、呂律が回ってないし、今の状況で歩けるはずがないだろう! 話があるならベッドで聞いてやる」
「はらし…なんて……らいよぉ……」

 何か言いたかったからこそ、クラウドはわざわざ起きてきたのだろうし、でも、言い出しにくくて、酒の力を借りようとしたのだろう。
 セフィロスってばぁ、と何度も声をかけてくるクラウドに返答せず、無言で寝室までクラウドを運び、ベッドの上にきちんと寝かせてやった。
 上掛けをかけてやり、あやすように頭をポンポンと叩いてやると、うー、とクラウドは唸る。

「明日、二日酔いは覚悟しておけよ。あ、水飲んでおいたほうがいいな」

 部屋の隅にある冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して、キャップを開けてからクラウドの元に戻った。
 上掛けを鼻の辺りまで引き上げて、目だけを出したクラウドが睨みつけてきていた。厳密にはそう見えただけだ。酔いが回ってきているせいで目が座っているのだ。

「どうした? 水、飲むだろう?」
「…飲む…」
「じゃあ、起き上がれるか?」
「むーりー。ぐるんぐるん……してる…。気持ち…悪い…かも……」

 一気に流し込んだワインの量はクラウドからしたら、何十年分かの摂取量だ。気分が悪くなって当然だろう。
 息を吐き出してから、俺はミネラルウォーターを少し口に含んだ。
 上掛けをまくりクラウドの顎を固定すると、唇を塞いで、水を注ぎこんだ。水を飲みこんだのを確認して離れようとしたが、それを阻止するかのように、クラウドの手が後頭部を抑え込んできた。
 しかも舌を差し入れてくる。誘うような舌の動きに乗っていいものか判断できずにいた。意図してやってるのならば、遠慮なく誘いに乗るのだが、酔っ払ってるだけなら、さっさと寝かせた方がいい。
 戸惑っているうちに、クラウドの方から唇が離れた。

「……なぁ、セフィロス…」
「んー? 気持ち悪いのか?」
「…そうじゃなくて…、もしさ…、俺がいなくなったらどうする…?」

 頬を上気させて蕩けたような顔で、聞いてくるクラウドの想いが理解できなかった。
 目の前にいる金髪の天使は、天界まで導いていた手を、後少しのところで離そうとしているのだろうか。地面に叩きつけられる様を笑おうというのだろうか。
 俺はただクラウドの顔を見つめた。

「…セフィロスは…、どうする…?」
「クラウドには望んでいる答えがあるのか?」
「望んでる答え?」
「俺がどう答えれば満足するんだ?」

 クラウドはさぁ、とだけ言って、笑顔を見せてくる。
 俺には持ち合わせている答えなどない。頭をよぎったことは何度もあるが、その答えを見つけ出そうしたことはなかった。クラウドがいなくなった時のことを考えることなどできないでいた。
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