いつも、いつまでも(1)
いつも、いつまでも

 ただいまの後に続く明るい声を期待していたセフィロスは、ふぅ、と息を吐き出した。あっさり期待を裏切られ、出迎えてくれたのは静寂だった。
 早く帰るつもりでいたが、帰る間際に社長に呼び出され、珍しく真剣に仕事の話をされてしまったせいで、結局、家に着いたのは午前様だ。
 途中の休憩時間で、先に寝てていいと短いメールを送っておいたので、もう、寝てしまっているのかもしれない。
 セフィロスはそう納得して、なるべく音を立てないようにリビングへと向かった。静かに扉を開けると涼しい風が流れこんできて、暑さでベトっとしていた身体がすーっと冷やされていく。少しだけ体温調節ができる身体を持っているが、熱帯夜ともなれば、その機能も役には立たない。
 少し涼んでからシャワーを浴びよう。
 そう決めたセフィロスは、リビングの中へ足を踏み入れようとした。しかし、リビングの端にあるものに目を奪われて、その場で立ち尽くしてしまった。
 リビングの端には大きなテディベアとそれに抱きついて床に横たわっているクラウドがいたのだ。
 アマデウスというのは、セフィロスがクラウドにやった、自分と同じ背丈のテディベアだ。座らせているので高さはあまり感じないが、部屋の一角を占拠している。アマデウスは毛が長めでほかほかしているので、エアコンが効いている部屋といえども暑いだろう。
 息を止めるようにしてクラウドに近づき、小さく呼びかけてみたが、彼は寝息をすやすやと立てるだけで、反応しない。

「クラウド、ちゃんと寝たほうが…」
「…ヤダ…、一緒にいる!」

 クラウドはそう呟いて、さらにアマデウスに引っ付いていった。
 自分よりもアマデウスを取るということか。
 セフィロスはがっかりした気分を抑えて、寝室へと向かった。クローゼットを開き、タオルケットを適当に掴んで、リビングに戻る。
 リビングのクラウドは向きを変えていることもなければ、位置が変わっていることもなかった。
 セフィロスはクラウドの身体を抱えるようにして少し浮かせると、タオルケットを数枚重ねて下に敷いてやった。エアコンの効いた部屋では身体が冷えていく一方なので、身体の上から、タオルケットをかけてやる。
 これだけごそごそしていても目を覚まさないのは、熟睡している証拠だろう。毎日、朝から夜まで動き回ってるから疲れが溜まっていてもおかしくはない。
 セフィロスは軽くクラウドの頭を撫でてから、浴室へと向かった。
 脱衣所にはいつもの場所にパジャマとタオルが置いてあった。違うのはその上に紙が一枚乗っていることだ。
 その紙にはクラウドの筆跡で、こう書かれていた。
『今日は久しぶりにお湯を張りました。暑いだろうけど、たまにはゆっくり浸かった方がいい』
 置き手紙をするぐらいだから、最初から寝るつもりでいたに違いない。それならば、さっさとベッドで寝ていればよかったのに。
 セフィロスは苦笑しながら、浴室の扉を開けた。
 身体を洗い、髪の毛も洗って、浴槽へとざぶんと浸かる。少しぬるめのお湯がじんわりと身体を温めてくれ、疲れが抜けていくような感覚にセフィロスはふぅ、と息を吐き出した。
 クラウドのことだから、起きていようと思っていたのだろうが、そこまで頑張ってくれる必要もない。明日の朝にはちゃんと顔を合わせることになるだろうし、長期離れることになるような予定も入ってはいない。
 風呂から上がっても寝ているようだったら、今度こそはベッドに運んでやるか。
 そう決めて、セフィロスは浴槽から出ようとした。
 その時、遠くの方からバタバタバタと足音のような音が聞こえてきて、バタン、バタン、バタンと立て続けに扉を大きく開け放つような音が響いた。
 浴槽に浸かりなおして、身構えた瞬間だった。

「セフィロス!」

 浴室のドアを思い切り開け放ち、クラウドは大股で浴槽の側まで近づいてきた。

「……あのな、クラウド。いくら長年一緒に住んでいて、一緒に風呂に入ったことがあるといってもな、礼儀は必要だぞ。浴室の扉を開けるときぐらいは、一声かけてくれ……」
「どうして、起こさなかった!」

 クラウドは仁王立ちで、セフィロスを睨むように見下ろしている。

「…濡れ衣だな。声はかけたぞ」
「嘘だ!」
「嘘を言う理由がない。声はかけてやった。だが、お前が嫌がったじゃないか」
「嫌がった…?」

 セフィロスはクラウドに声をかけたこと、アマデウスにひっついて離れなかったこと、などを細かに説明した。
 クラウドは浴槽の側に座り込んで、目線の高さをセフィロスにあわせてきた。足がびしょぬれになっていることはお構い無しのようだ。

「…夢見てたってことぐらい、気づけよ!」
「気づいてたさ、だから余計に起こしにくいだろう」
「ということは、もしかして、朝まで起こさない気だった?」
「俺が風呂から上がっても寝てたら、ベッドまで運んでやるつもりだった」
「バカ!」

 クラウドがいきなり湯船の表面を思い切り叩いたので、大きくお湯が跳ね上がった。跳ね上がりの角度が悪かったらしく、お湯はクラウドの頭から降り注ぎ、ご立腹の彼をさらに不機嫌にさせた。

「…ああ、もう! セフィロスのせいだからな!」
「それは八つ当たりだろう?」
「セフィロスのせいだっ! そもそも、セフィロスはわかってないんだ! 俺がどんな思いで待ってるか、なんて」

 クラウドは項垂れて、大きく溜め息をついた。

「クラウド…?」
「…俺たちはずっと一緒にいて、そりゃ毎日顔も合わせてる。それでも、顔を合わせてる時間は長いわけじゃないし、朝の少しだけと夜の少しの間だけだ。しかも、もし、俺が朝まで寝たとしたら、夜の少しの間がなくなってしまう。そんなもったいないこと、したくない…」

 そう言ったかと思うと、クラウドは顔を上げて、セフィロスの目をじっとみてから、思い切り、ふん、と首を横に振った。

「…ま、セフィロスにとってはどうでもいいみたいだけど!」
「誰もそんなことは言ってないだろう? 俺がクラウドと話をしたくないとでも?」
「え?」

 クラウドはぐるんと勢いよく首を戻すと、セフィロスの顔を覗き込むようにして身体を乗り出してきた。
 クラウドの子供っぽい仕草とか、思いの深さに思わず笑いが零れてしまい、慌ててセフィロスは口を塞いだ。
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