HIGH PRESSURE<謎の男> [side:S] (2)
HIGH PRESSURE<謎の男> [side:S]

※1ギル=おおよそ100円換算

 緩めていたネクタイを締め直して、入り口の方へ向かいつつ、俺が頼んだ、と告げる。

「あら、社長がくじですか?」

 女性社員は驚いたように尋ねてきた。

「急に必要になってな」

 副業の方で必要になったのだ。当たるかどうかもわからないフィギュアがな。
 入り口の扉のところで、少年と目を合わせると、その少年は蒼い丸い目をさらに大きく丸くして、声を上げた。

「夕べのテレビの人ー!」


◇◆◇

「し、失礼しました。急に声を上げてしまって…」

 コンビニの少年は律儀に景品の袋を下げて、事務所までやってきてくれたのだが、俺を見るなり、テレビの人、と驚いたような声を廊下に響かせたのだ。
 そんな少年を事務所の中に招き入れ、応接セットのソファーに座ってもらう。景品の袋を横に下ろして、少年はソファーの端の方にちょこんと座った。肩をすくめて小さくなっているのが、可愛い。

「いや、気にしなくていい。放映された次の日でそのまま顔をさらして歩くのもどうかと思っていたら、結果的に怪しい姿で行くことになってしまった」

 もう少し考えるべきだったな、と苦笑する。

「く、くじでしたら、急がなくてもよかったのでは?」
「もちろん、当たるも八卦、当たらぬも八卦だからな。だが、遅く行けば行くほど、欲しいものが当たる可能性は下がっていくかもしれない。誰かの手に渡っているとも限らないからな」

 少年は訝しげな顔で俺を見ている。まあ、この年で、こんなにチョコボ&モーグリくじに入れ込んでいるのはおかしいかも知れない。ただ、個人的にコレクターとして欲しいわけではなく、副業で欲しいのだが、説明はしなかった。

「そうだ、くじの景品をお渡ししないと」

 そう言って、少年は袋3つを俺に向かって差し出した。手は予想していたより大きくしっかりとしていた。もしかして、年齢は俺が考えているよりもう少し上なのか?

「これはこれはご丁寧に」

 恭しく袋を受け取って、中身を確認する。かさばっているものが多いような…。

「おや、くじ運悪いって言ってなかったか?」
「え! あ、あの、普段は本当に悪いんですよ! 何だか今回だけ、妙に良かったみたいで…」

 普段くじ運ないやつが、なぜ今日だけこんなにくじ運がいいんだろうか。俺が求めていた一等賞のフィギュアが二種類ちゃんと入っている。しかも、少年自身がほしがっていたモーグリブランケットも入っているじゃないか。10回分のうち半分以上が当たり、って強運も強運だ。人の為に運をつかってどうするんだ。
 少年は小さくなって、俯いたままだった。

「素晴らしいくじ運だな。助かった、ありがとう」

 顔を上げた少年に向かって軽く笑顔を見せて言うと、少年は目を丸くした。心なしか頬が上気しているようだ。

「え、いや、あの、俺、全部お箸だったら、どうしようかと思ってて…。使い道ないですよねぇ…」
「もし、全部お箸だったとしたら、それをここまで持ってきたか?」
「持っては来たと思いますよ。逃げるわけには行きませんので。ただ、お詫びのしようもないので、ひれ伏すしかないですけど…」

 ひれ伏す…。こんないたいけな少年にそんなことさせるわけにはいかないだろう。それに目の前でひれ伏されても困るんだが。
 まさか、そんなお詫びの仕方を口にするとは思っていなくて、俺は思わず、小さく笑ってしまった。

「あら、社長がそんな風に笑うだなんて、珍しいこともあるもんですねー」

 お茶を運んできた女性社員が本当に驚いたように声を上げている。声を出して笑うような状況が今まではなかっただけだ。事務所に来る連中などと談笑することはない。粘着質のやつばかりなのだ、客は。
 少年はお茶を飲もうとはせずに、何を思ったのか、がさごそ制服のポケットをまさぐり始めた。それが落ち着いたと思ったら、今度は部屋の中をキョロキョロと見渡している。

「13時半だな」

 きっと時間を気にしているのだろう、と思った俺は現在時刻を告げてやった。

「わっ、そんな時間ですか! お店に戻らないと!」
「お昼休みじゃないのか?」
「あ、はい、そうなんですけど…。お昼ご飯とか食べないと…」

 お昼も食べずに直接ここに来たということか。貴重な時間を奪ってしまったようだ。

「それもそうだな。次回はお昼を用意しておこう」

 俺は景品の入っていた袋のうち、2つを掴むと、少年に差し出した。

「お届けありがとう。これはお礼だ」
「あの? これは社長のものですけど…?」

 少年は不思議そうに俺の顔を見ている。確かに俺が頼んだものだが、欲しいのはフィギュアだけだ。

「俺が必要としていたものはちゃんとおいてある。ブランケット、欲しかったんだろう?」
「はい!」

 少年の素直な返事が可愛すぎて、うっかり、可愛い、と言いそうになってしまった。
 袋を受け取った少年は袋の中身を確認して、また、首を傾けている。

「あの…、ブランケット以外のものも入ってますよ?」
「気にしなくていい、何ならここまでの配送料とでも思ってくれ」

 この少年と会話ができたのだ。これでも安いぐらいだ。お昼ご飯に頭が回ってなかったのが悔やまれる。
 少年は俺の顔と袋を交互に見ながら、困った顔をしていた。

「いや、あの…」
「そうやって遠慮してると、休み時間がどんどん減っていくぞ」
「えっと、あの、ありがとうございます! このお礼は必ず!」

 そう言って、少年は立ち上がった。

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