HIGH PRESSURE<謎の男> [side:S] (1)
HIGH PRESSURE<謎の男> [side:S]

※1ギル=おおよそ100円換算

 まさか、店の入り口で遭遇することになろうとは。
 今日から発売されるチョコボ&モーグリくじの一等賞にあたるフィギュアを手に入れなければならなくなって、なるべく一番にくじを引こうと店に赴いたのが、功を奏したようだ。
 ただ、残念ながら、マスクとサングラス、帽子にパーカーのフードといった、怪しい、いや、怪しいどころではない、怪しすぎる出で立ちだ。
 先日、インタビューされた内容がテレビで放映されたため、朝から普段の格好でうろついてはまずいと思い、すぐに顔が割れないようにと配慮した結果なのだが、説明しづらい。
 金髪をふわふわと揺らし、朝の太陽を乱反射させながら、足取り軽やかに歩いてくる少年に、意を決して、「すまない」と声を掛けたのが、数時間前だ。
 きっと、怪しい男に確定されただろう。いかにもうさんくさい格好で、くじを10回分引かせた上に、7階事務所に届けろなどと、普通の人は言わない、多分。
 ただ、仕事上、必要としているものだったので、フィギュアはどうしても必要だ。
 もちろん、あの少年がフィギュアを引き当てることができるとは思っていない。本人も、くじ運は悪い、と言い切っていた。
 10回分の景品の中に必要なフィギュアがなければ、また、くじを引けばいい。誰かの手に渡ってしまえばそれまでだが。
 それにしても、可愛かった。上から見ていて、可愛いだろうなと思っていたけれど、普通に真正面から見たら、さらに可愛いかったな。お人形のようだった。色白だし、目はくりくりと丸くて。しかも、ブランケットの可愛さを語っていたときの必死さといったら、もう、抱きしめたかったぐらいだ。
 思い出してはにやつく顔を軽く叩いてから、ネクタイを締めた。
 不動産業で事務所を持っていて、社長をしているとなると、身なりはきちんとしておかなければならない。なんせ、この界隈、オフィス街とは言え、路地を二本ほどずれれば、いかがわしい感じの店やビルが立ち並ぶエリアなのだ。そのため、客もいろいろだ。若いからと言って、下に見られても困る。
 スーツの上着を掴み、玄関先の姿見で全身を確認する。
 …顔がにやけている。自分でもわかるぐらいに。
 まあ、少しニヤついていたところで、客はきっとわからない。どんなにはらわたが煮えくり返っていても、営業スマイルを出せる自信はある。その逆もきっと問題ない。朝から気分よく仕事するのもたまにはいいだろう。
 今日はきっといいことばかりに違いない。



 自宅のある8階から、事務所のある7階に降りる。
 事務所の鍵は事務作業を全般的に行ってくれている女性に預けている。事務所を開けてくれて、掃除なども毎朝してくれており、助かっている。
 事務所に入ると、おはようございます、と声がした。これもいつも通り。
 ああ、とだけ返事をし、応接セットのソファーに腰を下ろす。すると、今日の予定が読み上げられる。

「夕方にコルネオさんがお見えです。追加でビルを借りたいとかのご相談で」
「ふーん」

 金払いはいいから、貸すのは良いのだけれど、あの客、良い噂がない。とばっちりが来ないように手を打っておかないと。

「今日はそれぐらいですね。そうそう、インタビューのご依頼がありましたよ」
「どこから?」
「テレビやら雑誌やら、複数です」
「全部断るのは?」
「ありですけど、もう少し手広くやるおつもりでしたら、選別いただいて、お受け下さった方が良いかと」

 神妙な顔で女性社員は言うが、俺には全く興味がない。
 不動産業について、これ以上手広くするつもりはない。これ以上、仕事を増やすと副業に支障が出る。

「とりあえず、リストを作っておいてくれ」
「それでしたら、こちらに」

 社員にA4用紙を複数枚渡される。
 仕事が早いのはありがたいが、スキがなさ過ぎて、ちょっとした冗談も言いづらい。
 リストをめくって、依頼先を確認する。テレビ局やら雑誌やら、ネットTVやら色々だった。もちろん、エリア拡大を目論んでいるのであれば、知名度を上げるためにも、インタビューを受けて顔を売っておけばいいのだろうが、エリアを拡大しようという気はない。この近所のビルは大概買い占めてしまっているし、その管理だけでも十分に生活はしていける。これ以上、動いたりしたくない。
 そもそも、俺に話を聞いてどうするつもりなんだろう。この界隈を牛耳ってるというわけでもなく、単にビルやオフィスフロアを貸し出しているだけだ。もちろん、店を出したいとか、商売ごとであるなら、相談に乗ったりもするし、相談に乗った店は調子もよく、そこそこ稼いでいるという話も聞く。
 とはいえ、俺にできることは限られていて、後は店主の力量だ。だから、俺に話を聞くよりは、各店の店主に聞いた方が為になると思う。
 リストの数社にラインを引いて、テーブルに投げると、大きく伸びをする。

「夕方にコルネオさんか…。まあ、夕方ぐらいがちょうどいいか」

 朝からあのこってりねっとりした顔を見るのは、どうも気が乗らない。朝から気分よくあの少年に会えたというのに、何たることだ。

「はぁ、仕事するか」

 ソファーから立ち上がり、自分の仕事用デスクに座り、メールのチェックをする。賃貸の契約更新やら、家賃の支払いについて、副業の依頼メールなど、片っ端から目を通し処理をしていく。
 昨日も休まず仕事をしていたというのに、どうして一日でこんなにメールが来るんだろう。もしかして、時空が歪んでるとか?
 気づいたら、1時間以上メールとにらめっこしていた。タバコでも吸おうか、と席を立ったところで、入り口の方から声が聞こえてきた。

「何かご用?」

と、女性社員が誰かに尋ねている。

「多分、ここの人だと思うのですが、朝、くじの景品を届けてくれ、と言われまして…」

 返答しているのは、若い男のようだった。

「くじ?」

 くじということは、もしかしたら、景品のお届けでは?
 つまり、あの少年が来たと言うことか!

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