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 ただいまに対する返答など期待はしていない。
 毎日のことだ。
 玄関を後ろ手に閉めて、誰も聞いてなどいないし反応なんてありはしないのに、わざとらしく足音を立てて廊下を進む。
 リビングに通じる扉を勢いよく開いた。
 真っ暗のリビング。
 わかっているのに、何を期待したんだろうか。
 廊下から漏れ入る光にうっすらと照らされたソファーに腰を下ろして、息を吐き出す。
 一人の夜には慣れているはずだ。
 いや、慣れようとしてる。
 同居人は、数日間家を空けて帰ってこないとかざらにあるし、それを咎めることはしない。
 「仕事」というのはあながち間違ってないんだろう。
 同居人には同居人の都合があるだろうし、仕事だとすれば、俺がとやかく口を挟んだり出来る問題でもない。
 そう自分自身に言い聞かせるのは簡単だ。言い聞かせられないからこそ、押さえ込めないからこそ、イライラするし、喚きたくなる。
 少しでも長く一緒にいたいんだ、と。
 でも、それを口にするのはもう止めた方がいい。もう、耳にタコが出来るぐらい聞いただろう。俺自身、何度言ったかわからないほどだから。
 それでも、一人でいる時間が長ければ長いほど、不安が募って、思いをぶつけたくなってしまう。

「……強がるのも疲れる……」

 本当なら近くにいることさえ叶わなかったかもしれない。
 俺がここにいなかったか、あの男がここにいなかったか。
 あのとき、手を下したのは、そう、この俺だ。
 だけど、何がどうなったのか、よくわからないまま、あの男は間違いなく存在していて、俺と一緒に暮らしている。
 許して貰おうとは思っていない。許されることでもない。
 許されないままでも、側にいられたらいい。
 なんて、都合良すぎるか。
 膝を抱えて、頭を伏せた。

「クラウド」
「…え?」

 いきなりの声に驚いて、膝に埋めていた顔を上げる。
 リビングの入り口には一般的な男より頭一つ分ぐらい背の高い男がいた。

「どうした、電気もつけずに」
「そのままでいい」

 俺はもう一度膝を抱えて、顔を伏せた。
 男が呆れたように息を吐き出したのが聞こえる。
 何と思われてもいいけれど、潤んだ目を見られるのはゴメンだった。

「何を抱え込んでる?」
「…何も…」
「嘘などいらない」

 俺の気持ちなどお見通しなんだろう。
 もう、昔からわかってることだ。隠すことなどできないってことは。それでも、必死で抵抗してしまうのは、単に癪だから。隠しても無駄だっていう風にいつもにやりと笑われるのも毎回だと腹が立つものだ。

「…うるさい。たまにはほっとけよ」
「じゃ、放っておいてやる。好きなだけそうしてろ」

 珍しい強い口調に、俺は肩を揺らした。
 男は一つ息を吐くと、そのままリビングから出て行ったようだ。
 遠ざかる足音を聞きながら、俺はゆっくりと身体を倒した。ソファーの上に横になって、ばかじゃねぇの、と独りごちる。
 ちょっとした意地で、相手を不愉快にさせては、自己嫌悪に陥って、の繰り返し。
 俺が素直じゃないってことはもう理解してると思うけど、何かあるたびに、言い合いになるのも男からすれば面倒だろう。
 自分が素直なのも想像し難いし、素直になってると、気持ち悪がられるかもしれない。

「…んー……」

 寝てしまおう!
 何も考えずに寝るに限る。次に目覚めたら気分は変わってるだろう。あの男がいなくなってることもありえるけれど。
 目を閉じて、意識をふわふわと漂わせていると、ほら、といつもよりは少し柔らかな男の声がした。
 怒ってたんじゃないのか?
 もぞもぞと身体を起こして、ソファーに座り直すと、目の前にカップが差し出された。

「これ飲んで、ちょっと落ち着け」

 カップからはほのかに甘い香りが漂ってくる。

「あ、あの…?」
「いいから」

 男は俺の隣に座ると、自分はロックグラスで洋酒を煽りはじめた。
 言葉で表現するには難しいほどの美貌の持ち主で、誰もが憧れていたソルジャー。そんな男が俺の横で酒を飲んでる。
 見慣れた姿だけれど、見飽きた訳ではない。ついつい、その横顔を眺めてしまう。

「俺の顔を眺めるのは勝手だが、ホットミルクが冷めてしまうぞ」
「…あ、ごめん…」

 カップのホットミルクを少し飲んで、一息つく。じんわりと暖かさが身体に広がって、俺はがっくりと肩を落した。
 俺の態度とか言葉を全部読んで、行動してくれてる相手に対して、俺はいつも自分勝手に振る舞ってしまう。
 この男のように動くことが出来れば、と思うけれど、きっと俺には難しい。

「…クラウド…」
「な、何?」
「明日、配達は?」
「明日?」

 いつもそんなことは聞いてこない。俺がいつ仕事であるかどうかは気にしてない風だったし、自分が仕事か休みかなんてこともろくに話はしない。
 どうして急にそんなことを聞いてきたんだろう。

「そう、明日」

 男はグラスをテーブルに置いて、俺をじっと見つめてきた。
 碧の瞳が俺を捕える。顔が一種の凶器であることをこの男自身は気づいているのか、いないのか。
 慌てて目を伏せて、首を横に振る。

「そうか。では、今から、明日までクラウドは俺が拘束する」
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