pleasure (1)
pleasure

 玄関の前で思わず茫然と立ち尽くす。

「鍵…、鞄の中だけど、これじゃ、出せない…」

 両手はいっぱいの荷物で塞がれていて、鞄を開けることはできない。
 足元は雪のせいでびしょびしょになっているから、荷物を下ろすことは難しい。

「…あー、気合い入れて買いすぎた、か…」

 自分が鍵を開けられないとなると、中にいるであろう子供たちに開けてもらうしかない。
 思案していても寒いし、お行儀は悪いけれど、仕方ないだろうと、足で玄関の扉を蹴ろうとした時だった。
 扉が音を立てて開く。

「おかえり、クラウド」
「……あれ? セフィロス?」

 振り上げた足を気づかれないようにそぉっと下ろして、目の前に立つ背の高い彫刻みたいな顔の人を眺めた。

「…俺の方が早かった」
「…そっか。間に合うと思ったんだけどな」
「ほら」

 左手が差し出されて何のことだろう、と首をかしげていると、荷物、と声がかかる。

「あ、ああ、ありがとう。重いよ」

 大きな紙袋を二つ預けると、ひょい、といとも簡単に持ち上げて、袋の中を覗いている。
 腕力にはそれなりに自信はあったんだけど、どうしても、この人にはかなわない。他の人に言わせれば、たぶん、比べるのが間違っているのだ、ということになるのだろうけど、悔しいこともある。

「キッチンでいいのか?」
「あ、うん、よろしく。すぐ、行くから」

 わかった、とセフィロスは銀髪を揺らして、廊下の奥へと消えて行った。
 俺は全身に被った雪を慌てて払うと、コート、マフラーをコート掛けにかけて、キッチンへと急いだ。
 キッチンの調理台の上には、紙袋から食材が出されていて、綺麗に並べられている。荷物を運んで食材を出してくれたであろう、セフィロスは何が不思議なのか、白ネギを手に持って眺めている。

「ありがと。おなかすいただろ、すぐ、準備するから。今日は寒いからさ、鍋にしようと思って…」

 白菜を手に取って、葉を一枚一枚剥いでいく。半玉だったけど、結構の量だ。

「…クラウド、今日はどうだったんだ?」

 声に振り返ってみると、セフィロスは椅子に座って、今度はしめじを眺めている。

「ん? ああ、甘いもの会? もう、最高だったよ!」

 俺は月に何度か知り合いの人たちと甘いものを食べようという会合に参加している。少し前にお誘いがあって、セフィロスの許可を得て参加していたのだ。

「今日はね、オペラっていうケーキがメインだったんだ。もう、すごいおいしくて。で、そこのパティシエさんが親切な人で、オペラを作る時のコツとか教えてくれてさ、もう、いい日だったなぁ…」
「で、ここに小麦粉とか、チョコレートやらお菓子関連のものが大量にある、と」

 調理台の上には小麦粉が2袋とお菓子用チョコレートが2枚並べられていた。その横には砂糖やら卵やらバターやら…。
 バター?

「ああ、バターと卵は冷蔵庫だ!」

 調理台からバターと卵を冷蔵庫に収めて、セフィロスの方を伺うと、頬杖をついて俺の方を見て、何となく笑みを浮かべてる。

「…何かおかしい?」
「いや、楽しかったのか?」
「ん、そりゃ、もちろん! 楽しかったし、嬉しかったよ」
「それなら、いい」

 そして、また、並べられた食材をいちいち眺めている。いつも食べてるのに、何が珍しいんだろう。

「…あのさ、セフィロスは嬉しいこと、なかったのか?」
「クラウドが嬉しいことは、俺の嬉しいこと」

 ……は?
 一枚ずつバラバラにした白菜を切っていこうと手にしていた包丁を落としそうになって、俺は一人慌てた。

「な…っ、何、言ってんだよ!」
「何が?」
「何がって、何で俺の嬉しいことが、セフィロスの嬉しいことになるんだよ!」
「説明はしづらいんだが、そうだな、クラウドの楽しそうな、嬉しそうな顔を見てると、よかったって思うから、だろうな。俺にはそういう顔をさせてやれる力はない」

 セフィロスはそう言うと、今度は立ち上がって、冷蔵庫の隣の貯蔵庫を覗いている。
 俺はセフィロスの傍にいられることが楽しくて、嬉しくてしょうがないっていうのに、セフィロスにはそう見えないのか。
 確かにいつもにこにこしてるわけじゃないし、テンションが上がっているわけでもない。ここ何年も一緒に暮らしていて、毎日テンション上がりっぱなしもおかしいだろう。

「…あのさ、俺が一番嬉しいのは、セフィロスの傍にいられることだからな」

 がちゃん、がちゃがちゃ、とビンが倒れる音がする。
 何を動揺しているんだか。

「割れてない?」
「…何とか。クラウドが思いもしないことを言うからだ」
「何をっ! 言い出したのはそっちだろう。人のせいにするな、人のせいにっ!」
「クラウドのせいだ。俺の気持ちを全部鷲掴みにして持っていこうとする」
「本当のことを言って何が悪い」

 セフィロスを睨みつけて言うと、セフィロスは口元だけで笑って、一升瓶をテーブルの上に置いた。
 半分ぐらい入っているけど、たぶん、今日中にはなくなるだろう。ほっといたら一升ぐらい軽く開けてしまう。
 セフィロスは右手にお猪口をもって、何か探すようにきょろきょろしている。

「あ、酒の肴がいるよな。おかきはカインがおやつで食べちゃってると思うよ。鍋が炊けるまでは時間がかかるしなぁ」

 冷蔵庫の扉を開けて、中を覗いてみる。
 鍋の具材はいろいろあるけど、今、ちょっとつまむとなると、何がいいかな。日本酒に合うものとなるとなぁ。
 不意に後ろに人の気配がしたと思ったら、冷蔵庫の扉を掴んでいた俺の手を、セフィロスに握られた。
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